「べートーヴェンの生家へ」
今回のドイツの旅でいちばん来たかったところはボンだ。
日本代表チームがキャンプを張っているところだが
それよりも(^^)ベートーヴェンの生家にきてみたかった。
なんせ僕が愛してやまない あのベートーヴェンが生まれ
22歳でウィーンに移るまでを過ごした場所だ。
このベートーヴェンの生家
「ベートーヴェンハウス」は
ボンの駅から歩いてたったの5分
駅前の繁華街の真っ只中にある。
写真左のピンク色の壁の家がそうなのだが
注意して歩いていないと見落としてしまうほどだ。
ちなみに向かいの建物に中村俊輔の広告の写真がみえる
家の中は一切写真撮影ができないので残念だったが
それはもうベートーヴェンに関する資料がこれでもかと
展示されもう僕のようなものにはたまらない。
ここの素晴らしいところは オーディオサービスが
大変充実していることで 入り口で携帯電話より少し大きいくらいの
機械を貸してもらう 館内の展示物の隅に番号がふってあり
その番号を機械に入力するとその展示物の説明が聴ける。
しかも日本語で・・・・この機械はフランス製だったが
これはよかった。単に展示物をみるだけでなく
ベートーヴェンの生涯についてじっくり考えることができる。
興味深かったのは 楽譜商ジムロックの存在だ。
この時代作曲家はいわゆる宮廷のおかかえであることが多く
ハイドンやモーツァルトも主な活動の場は宮廷であり
そこで依頼された仕事をこなすというのがスタイルだった。
しかしベートーヴェンはそういう仕事もしていたが
宮廷に仕える仕事とは離れて
フリーランスで活動した作曲家第一号なのだ。
そこで重要な役割を果たしたのがこのジムロックで
ベートーヴェンの作品を印刷し出版しすることで
これまで宮廷をはじめとする一部の者たちの音楽を
広く一般に多くひろめることができた。
宮廷やパトロンからだけではなく 楽譜商からもギャラを得ていた。
当時進歩を続けていた最新のテクノロジー印刷技術。
現代でいえばIT技術なのだろうが
その技術革新にベートーヴェンはうまく乗っていたのだろう。
ホリエモン的才覚もあったのかもしれない。
しかしその頃はいわゆる「著作権」という概念が確立されておらず
ベートーヴェンの許可なく 「勝手に」ジムロックが出版してしまった
作品も多いらしい。当然これは正規のエディションではなく
間違いも多く。それを現代多くの研究者達が「校正」に努めている。
交響曲におけるブリュッヘンやジンマン ラトルといった指揮者たちが
あたらしいエディションでベートーヴェンを演奏することが
今の流行だが そこにはこういった事情がある。
なんてことまでがわかってしまうこのオーディオサービスは素晴らしい。
この建物の3階の片隅にベートーヴェンが生まれた部屋が現存している。
広さは日本風にいうと6畳より少し狭いくらい。
屋根裏部屋の趣もあり斜めになった天窓からやわらかい光が部屋に差し込む。
ここでベートーヴェンは生まれたのだ。「オギャア」といって・・・
まさにここで・・・ここで ベートーヴェンは生まれたのだ。
見学者は多数訪れていたがそれが途切れ
たまたまこの部屋の前で僕は一人になった。
ベートーヴェンがうまれた場所に 俺は世界中でたった一人でいる・・・
得がたい体験に心が震えた。

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